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金沢地方裁判所 昭和46年(ワ)71号 判決 1972年11月09日

原告

河上勇次

ほか一名

被告

共栄火災海上保険相互会社

ほか一名

主文

被告らは各自、原告河上勇次に対し金一二七万八、七二二円、原告河上静恵に対し金一一九万八、三六〇円およびこれらに対する昭和四六年三月二五日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告らのその余を被告らの各負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

「被告らは各自原告勇次に対し金一八九万九、二七〇円、原告静恵に対し金一八一万八、九〇八円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決および仮執行宣言。

二  被告ら

「原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  事故の発生

(1) 日時 昭和四五年八月三一日午後九時五五分ころ

(2) 場所 金沢市弥生二丁目二番二八号先国道上

(3) 加害車 自動二輪車(石い一、二七〇号)

(4) 被害者 河上明子

(5) 態様 被告小山は加害車を運転して事故現場に向かつて時速約九〇粁で進行中、折から横断歩道上を青信号に従つて歩行していた被害者を前方約五〇米に発見し、急停止の措置をとつたが、車体を横すべりのまま進行させて被害者に衝突転倒させた。

(6) 結果 被害者をして頭部打撲血腫、脳内出血等の傷害を負わせ、よつて同年九月三日金沢市千日町七番一五号石野病院において死亡させた。

(二)  責任原因

(1) 被告小山稔について

被告小山は前記のとおり横断歩道にさしかかつたのであるから、あらかじめ減速徐行したうえ、前方を注視し、信号機の表示に従い、具つ横断歩道上の歩行者の動静に注意すべきであつたのに、前記のとおりこれを怠り本件事故を発生させたから、民法七〇九条によりその損害を賠償する義務がある。

(2) 被告会社について

(イ) 被告小山は昭和四五年八月一日被告会社の代理人諏訪哲夫との間で被保険者を被告小山とし、加害車を目的として保険金額一〇〇〇万円、保険期間一年間、対人賠償契約の運転者年令の条件を年令を問わない旨の任意保険契約の加入申込をし、右代理人はこれを承諾し、よつて被告小山と被告会社との間に右内容の保険契約が成立した。そして、その保険期間中に本件事故が発生したので、被告会社は本件事故にもとづく損害について保険金の支払義務がある。

(ロ) 仮りに、右のとおりの保険契約の成立が認められないとすれば、原告は予備的につぎのとおり主張する。即ち、

被告小山は右のとおり保険契約の申込みをしたのに、右諏訪は誤つて右年令条件を二一才未満不担保として被告会社に報告し、その旨保険証券が作成されたため、被告会社は右記載にもとづき被告小山が未成年者である旨主張して本件事故による保険金の支払をしない。保険加入者である被告小山が未成年者であるから加入の趣旨としても未成年者である被告小山の事故についてこれを担保することを契約の内容とすることは当然であり、被告会社の代理人である前記諏訪もこれを知りながら、誤つて被告会社に報告したのである。よつて、その代理人の過失によつて、被告小山は本件事故による保険金の支払いを受けることが不能となつたのであるから、その代理人の不法行為について本人である被告会社がその責任を負い、保険金相当額の支払い義務がある。

(ハ) しかし、被告小山は無資力であるので、原告らは被告会社に対し、民法四二三条により第一次的には右(イ)の保険契約にもとづく請求権を、予備的に右(ロ)の不法行為にもとづく請求権を代位行使するものである。

(三)  権利の承継

原告両名は亡河上明子の父母であり、各二分の一の割合で同人の権利を相続した。

(四)  損害

(1) 得べかりし利益

(イ) 亡明子は昭和二一年四月二一日生れであり、昭和四三年三月金沢女子短期大学を卒業し七尾市内において後記菊沢書店等に勤務した後、昭和四五年四月金城学園幼稚園教育専門学校に入学し、事故当時右学校に在学中であり満二四才であつた。

(ロ) 亡明子は事故当時在学中であつたから、その収入額について女子有職者二四才の平均給与額(臨時給与も含む。)を月額三万四、一〇〇円(昭和四三年度賃金構造基本統計調査報告による)とし、控除する生活費月額一万五、七〇〇円、六〇才まで稼働するものとしてその得べかりし利益の現在価額をホフマン式計算法により計算すると金四七一万七、八一六円となる。

(ハ) 仮りに右逸失利益算定の方法が認められないとすれば、亡明子はその生前最終の雇用先として昭和四四年二月中より昭和四五年一月中まで七屋市内の菊沢書店に勤務し、その平均月収は三万二、二七〇円であつたからこれにもとづき他の点は右(ロ)のとおり計算するとその逸失利益は金四二三万七、八九六円となる。

(2) 医療費 金四一万六、六二〇円

亡明子の本件事故による入院から死亡までの医療費である。

(3) 附添看護料 金八、〇〇〇円

右期間中の昼夜にわたる附添看護料である。

(4) 入院のためのタクシー料金 金四、九〇〇円

(5) 入院中の雑費 金三、〇三一円

(6) 葬儀料 金二二万二、四三一円

右(5)(6)(7)は原告勇次が支出した。

(7) 亡明子の慰藉料 金一〇〇万円

亡明子の本件事故による死亡にもとづく精神的苦痛に対する慰藉料額として右金額が相当である。

(8) 原告両名の慰藉料 各金一五〇万円

亡明子を失なつたことによるその父母である原告らの精神的苦痛に対する慰藉料額は右金額が相当である。

(9) よつて、右(2)(3)(4)(8)については原告らは各二分の一宛承継したので、結局各金三〇七万一、二一八円(逸失利益について(1)(ハ)によれば各金二八三万一、二五八円となる)となり、原告勇次についてはこれに右(5)(6)(7)(9)の金額を加えた合計四八〇万一、五八〇円、原告静恵については右(9)の金額を加えた合計四五七万一、二一八円とそれぞれなる。そして、自賠責保険金五四二万四、六二〇円および被告小山より金二三万円合計五六五万四、六二〇円の弁済を受けたので、右金額を原告勇次の支出した葬儀料のうち金一五万円および同原告の支出したその余の分を除く分に対し原告両名について平等に内入充当したから、結局原告勇次は金一八九万九、二七〇円、原告静恵は金一八一万八、九〇八円の損害陪償請求権を有することとなる。

(五)  よつて、原告らは被告両名に対し各自右金員およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  被告らの答弁ならびに主張

(一)  被告小山の答弁

請求原因(一)項、(二)項の(1)、(三)項の各事実は認め、同(四)項の事実は否認する(但し(四)項の(3)(4)の事実は認める)。

(二)  被告会社の答弁および主張

(1) 請求原因(一)項、(二)項の(1)、(三)項の各事実を認め、同(二)項の(2)、(四)項の事実を否認する(但し、(二)項(2)の(ハ)のうち被告小山が無資力であること、および(四)項の(3)(4)の事実はいずれも認める)。なお、(二)項の(2)の保険契約について、訴外諏訪哲夫はむしろ被告小山の代理人となつて被告会社に保険契約の加入申込をなしたとみるべきである。

(2) 請求原因(二)項(2)に対する被告会社の主張

(イ) 本件保険契約には飲酒運転中の事故については免責条項があるところ、本件事故は被告小山が酒に酔つて加害車を運転中に発生したものであるから、被告小山は被告会社に対しその損害の填補を請求する権利はない。

(ロ) 被告小山の被告会社に対する保険金請求権は、原告らと被告小山間の損害賠償額が確定した後はじめて行使できるものであるから、その未確定のうちに原告らが被告小山の右請求権を代位行使することはできない。

(3) 被告らの主張(損益相殺)

原告らは本件事故による損害について自賠責保険金から金五四二万四、六二〇円および被告小山から金二三万円合計五六五万四、六二〇円を受領したから右額を損害額から控除すべきである。

三  被告らの主張に対する原告らの答弁

被告会社の主張(2)の(イ)は否認し、被告らの主張(3)は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告ら主張の日時、場所においてその主張のような交通事故が発生したこと、右事故について原告ら主張のとおり被告小山に前方注視義務を怠るなどの過失があつたことは当事者間に争いがない。

よつて、被告小山は民法七〇九条により本件事故にもとづく損害を賠償する責任がある。

二  そこで、被告会社の責任について検討する。

(一)  まず本件保険契約締結の経過についてみるに、

〔証拠略〕によると、

(1)  訴外諏訪哲夫は富士モータースの商号で自動車の修理販売業を営んでいたが、右業務に附随して被告会社との間で保険契約締結の代理店契約を取りかわし、被告会社のため保険の締約代理店としての業務を行ない、毎月二〇件位の保険契約を締結していたが、その保険申込用紙は被告会社から交付を受けた専用の用紙を使用していたこと。

(2)  ところで、被告小山の父小山幸二は右諏訪と一五年位前から知り合いの関係にあり、同人自身使用している自動車も右諏訪から買い受けたものであつたが、昭和四五年七月末ころ、当初は被告小山自身が右諏訪方にバイクを買いにきたが、右諏訪においてその両親がバイクを買うことを反対しているのを知つていたので、これをことわつたが、結局被告小山に加害車を売ることとなつたこと

(3)  そして、諏訪の勧めもあり、同年八月一日父小山幸二が被告小山のために、同被告を被保険者として加害車に保険期間昭和四五年八月一日から昭和四六年八月一日、対人賠償額一〇〇〇万円とする保険契約締結の申込みをなし、そして右諏訪においてその旨承諾したこと、なお右保険料は右買入れの加害車両の代金の減額分をもつて充てることとし、以後の手続を右諏訪に依頼したため、右諏訪においてすでに所定事項が印刷されていて該当欄に丸印をつけるなどの様式による被告会社の自動車保険申込書用紙に右約定事項を記入して作成する際、被告小山が未成年者であることを知つていたので運転者年令の条件について年令を間わず担保とするべきところ、右諏訪において誤つて「二一才未満不担保」の欄に該当する旨記入し、かねて父小山幸二から預り保管して印章を使用して被告小山名義の自動車保険申込書を作成したうえ、これを被告会社に送付したこと

(4)  そして、被告会社において右申込書の記載に従つてその旨自動車保険証券を作成し、右諏訪を通じて被告小山に交付したこと

以上の各事実が認められる。

右事実によれば、右諏訪哲夫は被告会社のいわゆる締約代理商として保険契約を締結すべき権限があることは明らかであり、且つ保険契約はいわゆる不要式の諾成契約であるから、被告小山の法定代理人である父小山幸二から右認定のとおり保険契約締結の申込みを受け、その旨諏訪において承諾したことによつて、被告小山と被告会社との間に右約定による保険契約が効力を生じたものというべきである。なお、被告小山名義の右保険契約の申込書の作成を右諏訪が代行しているけれども、右申込書はすでに所定事項が印刷されていて該当欄に丸印をつけるなどの様式によるいわゆる附合契約における申込書用紙の記入であつて、名義が被告小山名義であつたとしても、この一事をもつて諏訪が被告小山の代理人として右申込書を作成したものとするのは相当ではなく、被告会社ないしその代理人である諏訪の業務の一貫としてなされたものとみるべきである。

したがつて、右諏訪による右申込書の誤記さらにこれにもとづく保険証券の作成の誤まりはいずれも被告会社の内部的な手続の誤まりにすぎず、成立した保険契約の効力には関係しないものというべきである。そして、本件事故が右保険期間中に発生したことは明らかである。

(二)  つぎに、被告会社は本件事故は被告小山が「酒に酔つて」加害車を運転中発生したのであるから、保険契約の免責条項により損害を填補する義務はない旨主張するからこの点についてみることとする。

〔証拠略〕によれば、その主張の趣旨の免責条項があることが認められるが、そのいわゆる「酒に酔つて」とは、この点について特段の約定の認められない本件においては「アルコールの影響で車両等の正常な運転ができない状態にあることをいう」(道路交通法一一七条の二、一項)ものと解するのが相当である。

そして、〔証拠略〕によれば、被告小山は本件事故当時酒気を帯びて加害車を運転していたことが認められるが、いまだ同被告が「酒に酔つて」運転していたことを認めるに足りる証拠はない。よつて、被告会社の右主張は採用できない。

(三)  そこで、進んで、被告会社は原告らと被告小山間の本件事故による損害賠償額が未確定の間に原告らが被告小山の保険金請求権を代位行使することはできない旨主張するからこの点についてみることとする。

なるほど、保険金請求権を行使するためには責任保険制度の性質からして被害者と加害者との間で当該事故による損害賠償額が確定されていることが必要であると解せられる。しかし、被害者の代位行使による保険金請求訴訟と加害者に対する損害賠償訴訟が併合審理されている場合には、その代位訴訟の手続内で賠償額が確定することが可能であり且つ遅くとも事実審の口頭弁論終結時までには確定されるものであるから、訴提起においてあらかじめ損害額が確定していることを要しないものというべきである。なお、右保険金請求権の代位行使には加害者の無資力を要件とするものと解すべきところ、被告小山が無資力であることは当事者間に争いがない。

よつて、被告会社の右主張も採用できない。

三  権利の承継

原告らが亡明子の父母であつて、各二分の一の割合で同人の権利を承継したことは当時者間に争いがない。

四  損害額

(1)  得べかりし利益

〔証拠略〕によれば、亡明子は昭和二一年四月二一日生れであり、本件事故当時二四才であつたが、昭和四三年三月に金沢女子短期大学を卒業し、その後七尾市内の松田自動車部品センターに勤務し、さらに昭和四四年二月から昭和四五年一月まで同市内の菊沢書店に勤務した後、昭和四五年四月から幼稚園の保母になるため金沢市内の金城学園幼稚園教育専門学校に入学し、事故当時同学校に在学中であつたこと、右菊沢書店に勤務していた際には平均月収約三万円を得ていたことが認められる。

したがつて、亡明子は事故当時無職であつたが保母になることを志して在学中であつたこと、右入学以前は勤務歴があり、月収約三万円を得ていたこと、その学歴、就職を志していた職種などからして、その得べかりし利益の基礎とする収入については少くとも同年令の女子有職者の平均給与額によるのが相当であると認められるところ、〔証拠略〕によれば、昭和四三年度の二四才の女子有職者の月平均給与額(臨時給与を含む)は金三万四、一〇〇円であり、その生活費は金一万五、七〇〇円であることが認められるから、前記諸事情からすれば亡明子は右金額を下らない収入をあげ得たものと推認すべきである。したがつて、月額純益は右生活費を控除した金一万八、四〇〇円、年間純益は金二二万八〇〇円となる。そこで、就労可能年数を六〇才までの三六年としてその得べかりし利益の現在価額を求めると金四四七万六、七二〇円となる。

(2)  医療費、附添看護料

亡明子の本件事故による入院から死亡までに医療費として金四一万六、六二〇円、および右期間中の昼夜にわたる附添看護料として金八、〇〇〇円の各支出を要したことは当事者間に争いがない。

(3)  入院のためのタクシー料金、入院中の雑費、葬儀料

〔証拠略〕によれば、亡明子の事故により原告ら家族が急きよ病院に赴いたタクシー料金として金四、九〇〇円、入院中に氷のうなどの購入に要した雑費として金三、〇三一円、ならびに亡明子の葬儀料として金二二万二、四三一円の支出を要し、原告河上勇次がこれを負担したことが認められ、右各金額はいずれも本件事故にもとづく損害と認めるのが相当である。

(4)  亡明子の慰藉料および原告らの慰藉料

本件に現われた一切の事情を考慮すれば、本件事故にもとづく亡明子の固有の慰藉料および原告ら各自の慰藉料はいずれも金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(5)  よつて、原告らは各自右(1)得べかりし利益(2)医療費、附添看護料(4)亡明子の固有の慰藉料合計五九〇万一、三四〇円の二分の一即ち金二九三万六七〇円宛を相続したこととなり、これと原告勇次については右(3)入院のためのタクシー代、入院中の雑費、葬儀料(4)慰藉料合計一二三万三六二円、原告静恵については(4)慰藉料一〇〇万円をそれぞれ加算すると結局原告勇次は金四一八万一、〇三二円、原告静恵は金三九五万六七〇円の損害賠償債権を取得したこととなる。

五  損益相殺

原告らが本件事故による損害について自賠責保険金から金五四二万四、六二〇円および被告小山から金二三万円合計五六三万四、六二〇円を受領したことは当事者間に争いがない。そして、これを原告ら主張のとおり、うち金一五万円を原告勇次の支出した葬儀費の一部に、残余を二分してそれぞれ原告らの前記損害額から控除すると結局損害額は原告勇次について金一二七万八、七二二円、原告静恵について金一一九万八、三六〇円となる。

六  結語

よつて、被告ら各自に対し、原告勇次において金一二七万八、七二二円、原告静恵において金一一九万八、三六〇円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年三月二五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で原告らの請求は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝)

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